わが映画遍歴50余年(1962〜2019年)

私の見た映画リスト1800(2001年以降)             ⇒ 私の見た映画リスト1800(2000年以前)

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      タイトルのあとに"ATG"の付いたものは、ATG系の映画。
      タイトルのあとに"R"の付いたものはリバイバル上映されたもの。

「遍歴前史」(1961まで)
 私の小学校時代は、先生に引率されて見に行く以外、映画は禁止されていた。 引率されて見た映画は”鐘の鳴る丘””三太物語””笛吹童子”などNHKラジオドラマを映画化したもの。ほかに ターザン映画、”博労一代””山びこ学校”などが思い出される。高校時代には”ヘンリー5世””ケイン号の反乱” ”マッコーネル物語”など。
 大阪に出てきた大学時代はヌーベルバーグの 旗手ゴダールの”勝手にしゃがれ”など。また当時は”怒れる若者たち”の時代でもあった。 またその頃大阪梅田にコマゴールド劇場(邦画)、コマシルバー劇場(洋画)があり3本だて55円の映画をよく見に行った。

「遍歴時代」(1962以降)
 社会人となった23歳の年(1962年)、日本にATG(日本アートシアターギルド)が誕生した。 それまでの大資本による商業映画中心の映画界に対し、小資本・ 小プロダクションによる自由な主張のある非商業映画を上映する映画館の集まりである。アンチ・ハリウッド路線とも言える。
 大阪では梅田の北野シネマ。ここにせっせと通ったものだ。最初に上映されたATG作品は”尼僧ヨアンナ”であったと思う。 この時代、テレビに押され一般の映画観客はどんどん減少していった。 つまりテレビで事足りるような娯楽作品を、映画館まで足を運んで金を払ってまで見る人は少なくなったともいえる。

 映画評論家の佐藤忠男氏によるATGの第1期(1962-1967)は、すぐれた外国映画の配給が積極的に行われた。 監督としてはベルイマン、エイゼンシュテイン、カラトーゾフ、カワレロウイッテ、トリュフォー、フェリーニ、 ゴダール、サタジットレイなど。

 次いで国内で意欲的監督と提携した低予算による映画製作の時期(第2期1967-1979)が続く。
 監督は大島渚、 吉田喜重、 篠田正浩、 新藤兼人、 今村昌平、 岡本喜八、 熊井啓、 増村保造、 市川崑、 黒木和雄、 羽仁進、 松本俊夫、 龍村仁、実相寺昭雄、勅使河原宏、 寺山修司、唐十郎など。

第3期(1979〜)
 経営不振に陥ったATGに替わって、これらの映画は主としてミニシアターで上映された。 全国でミニシアターの第1号は岩波ホ−ル(東京)である。 大阪ではシネマヴェリテ、国名小劇、扇町ミュージックスクエア、シネマアルゴ梅田、三越劇場など。 大毎地下劇場、毎日ホール、SABホールでも過去の名画が低料金で見られありがたかった。 最近ではシネヌーヴォ、第7芸術劇場、梅田ガーデンシネマ、シネリーブル、テアトル梅田などである。 また毎年行われる朝日ベストテン映画祭も見落とした映画を見る機会を提供してくれる。

 在職中および定年後もせっせと映画館に通い、見た映画のメモを手帳に取り続け、 またその映画のチラシもできるだけ残してきた。 以来50年になったのを機にパソコンにそれまで見た映画のリストを作成した。 50年間に見た映画の数は1800本を越える。年平均では約30本になる。
 データとしては手帳のメモを中心に、チラシ・書籍・インターネットを動員して、 鑑賞した年、制作された年、タイトル、監督、国籍、(主題、、原作)、おもな俳優二人、見た映画館である。

 苦労して一旦完成したもののバックアップをとる前にパソコンが壊れデータが消滅し、 1からやり直す羽目になった。
 まだまだ原状を回復するに至っていませんが、日数がかかりそうなので この辺でリスト(2019年まで)を公開することといたします。


     

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